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よお兄弟!

懲役刑40年から脱却を臨む23歳の闘いの日々

やりがいについて。

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私はもうすぐで、社会人です。就職活動を経て様々な企業様の説明、社員の方々のご意見を拝聴してきました。その中で抱いた違和感が1つあります。それは「やりがい」についてです。

一般的な言葉としての「やりがい」とは「やり甲斐」何かを為した際にやって良かったと思う事であり、どこかしらボランティア精神を感じる美しい響きがある言葉です。

しかし、私はこの綺麗な「やりがい」という言葉に対して就職活動を経て拝聴してきた意見や、私のチープな人生経験の中で違和感を感じることがあり、その違和感について私なりに考えてみました。まず初めに「やりがい」について

  1. 本意に外れた「やりがい」
  2. 本意での「やりがい」

の2つが大きく挙げられました。


①.本意に外れた「やりがい」

本当は働きたくないが、働かざるを得ない状況に置かれた人がこれに近いやりがいを感じると思います。

人はあらゆる状況で働かざるを得なくなり、地位、対人関係、転職、金銭面、個人性格。これらが自身の退職、転職の妨げとなり 続けざるを得なくしているはずです。

その為に人は自らを誤魔化し、仕事の中で「やりがい」を感じ、それと上記の困難とを相殺させつつ労働を続けておられるように感じました。

たとえば、就職活動の中とあるサービス業の社員の方(入社2、3年目の方)に「やりがいはどのように発生しましたか?」と伺ったところ「やりがいは確かにあるがやりがいを見つけないとやっていけない」とご回答をいただきました。その時、この考えに至りました。


②.本意での「やりがい」

1とは根本的な考えが違いました。これは同じく私が就職活動で訪れた会社の「ウェディングプラン」事業に携わる方の意見で同様の質問を伺いました。

その女性(入社3,4年目)の方は「私は、本当に学生時代からコレがしたくて入社しました正直、この仕事はとてもツラいと思いますが、念願が叶い今とても幸せです。」というご意見をいただきました。

このように、当初より希望、願望を抱いておられる方はより本意の美しい「やりがい」を感じられる方が多いように感じます。しかし、現実的な問題としてはそのような方は少ないのではないでしょうか?


 ブラック企業という言葉があります。これも人により意見は様々でありますが、私は人の意志を操作する企業がブラック企業だと考えています。具体的には1、本意に外れた「やりがい」を植え付ける会社です。

本来、私の思う「やりがい」というのは最初にあげた通り、どこかボランティア精神を感じるものですがそれを、様々な困難さで釣り自身の為の「やりがい」で身を守り それに慣れきった脳は幸せへと置換していく。

本来の意味とは外れた「見返りを求める忠誠心」を企業へと捧げているように感じてなりません。これが私の違和感の正体なのでしょうか?


 日本の社会は昔では年功序列制で上下関係があり、終身雇用という風習がありました。景気の影響もありますし、何よりネットワークの普及により自分と「他」を多く知ることが出来る環境に変化してきました。

その証拠がブラック企業ランキングや、ブラック企業診断という言葉やサイトの誕生にあり洗脳され続けてきた人々が目覚めてきたように私は思います。

 

 マイナスなことばかり書いていますが、大前提として「労働基準法」という立派な規定があるのです。

それに企業が沿えないのは子供が言う

「あいつもやってたもん!

に酷似するのではないでしょうか。

労働者側としても企業に所属している以上、今はブラック企業という言葉に企業も労働者も敏感になりがちな世の中になってきましたが、以前とは逆に労働者が過剰に権利を訴える事もダメであると私は思います。「逆パワーハラスメント」という謎の言葉の出現がいい例です。

逆パワーハラスメント - Google 検索

 

これらのバランス、調和を取るのは労働者、企業ではそれぞれの私欲がぶつかり合い果てしなく埒が明かない事案となってきます 企業と労働者。

お互いを守る為に「労働基準法」を遵守する必要性があるのではないでしょうか?

社会に出ていないのに生意気なのは承知していますが、これが私の意見です。